レコード評議会

お気に入りのレコードについてのあれこれ

The Rotters' Club / Hatfield And The North【UK盤】

カンタベリー・シーンCanterbury Scene)、カンタベリー・ロックCanterbury Rock)というジャンルというか、そういうカテゴリーがある。

 

英国国教会の総本山であるカンタベリー大聖堂がある英国南東部の都市カンタベリー

 


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このカンタベリーで結成されたワイルド・フラワーズを祖として、ソフト・マシーンキャラヴァンが生まれ、その後バンドの離散集合とともに人脈が広がっていく中で、1960年代後半から1970年代にかけて、カンタベリー・シーンが形成されていった。

 

そのサウンドは、当初はサイケデリック・ロックの影響が強いものだったが、その後ジャズ色が強くなり、構成が緻密でテクニカルなプログレ的要素も含むジャズ・ロック(※)となっていった。

 

※ 個人的な捉え方ですが、以下のようなイメージです。

▪️ジャズの側からクラシックの要素を採り入れたものが、クロスオーバー(基本US)

▪️ジャズの側からロックの要素を採り入れたものが、フュージョン(基本US)。

▪️ロックの側からクラシックの要素を採り入れたものが、プログレッシブ・ロック(基本UK)。

▪️ロックの側からジャズの要素を採り入れたものが、ジャズ・ロック(基本UK)。

▪️ジャズ・ロックのうち、構成が緻密でテクニカルなプログレッシブ・ロックの要素が加わったものが、カンタベリー・ロック(ジャズの要素が強いプログレッシブ・ロックとも言えるかも…)。

 

そんなカンタベリー・シーン最高傑作とも言われるのが、ハットフィールド・アンド・ザ・ノースの2ndアルバム「ザ・ロッターズ・クラブ」。

 

今回の「レコード評議会」は、このアルバムを議題にしようと思う。

 

 

Hatfield And The North

The Rotters' Club

UK盤(1975年)

Virgin

V 2030

Side One:V 2030 A-1U 1 G

Side Two:V 2030 B-1U 1 O


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Phil Miller : Guitars

Pip Pyle : Drums, Percussive Things

Richard Sinclair : Bass, Vocals

Dave Stewart : Organ, Electric Piano, Tone Generators


Side One

 1. Share It

 2. Lounging There Trying

 3. (Big) John Wayne Socks Psychology On The Jaw

 4. Chaos At The Greasy Spoon

 5. The Yes No Interlude

 6. Fitter Stoke Has A Bath

 7. Didn't Matter Anyway

Side Two

 1. Underdub

 2. Mumps

  a. Your Majesty Is Like A Cream Donut (Quiet)

  b. Lumps

  c. Prenut

  d. Your Majesty Is Like A Cream Donut (Loud)

 

 

キング・クリムゾンなどプログレの流れから、ソフト・マシーンに行き、カンタベリー・シーンなるものを知り、CDでこのアルバムを聴いて一発で気に入った。

その後レコードでも聴きたいと探し続け、ようやく2年前にディスクユニオンで見つけて手に入れたのがこの盤だ。

 

 

1. ジャケットについて

 

なかなか洒落たジャケットだ。
アメリカの女優ジョーン・クロフォード(1904年〜1977年)ファンレターへの返信としてブロマイドにサインをしている写真(1931年)が元ネタ。

ブロマイドをジャケット裏面の写真に差し換えて、着色したものだ。

 

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ジャケット裏面は、The Rotters' Club とサインをしている彼女の手元が描かれている。

 

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2. アルバムタイトルについて

 

タイトルの The Rotters' Club だが、rotterは、ろくでなし、人でなし、やくざ者といった意味なので、訳すとろくでなしクラブろくでなし同好会といったところか。

 

このタイトルは、Side One 1曲目"Share It"の歌詞の中に出てくる。

Tadpoles keep screaming in my ear : 

"Hey there! Rotter's Club! Explain the meaning of this song and share it!"

 

オタマジャクシたちが耳元で叫び続けている

「よう!ろくでなし同好会! この歌の意味を判るようにシェア(共有)してくれよ!」

 

何だかよく分からない歌詞だが、恐らくオタマジャクシは音符の比喩なのだろうから、頭の中で鳴っている音楽を皆と分かち合いたいのに、なかなか出来ずにもがいている様子を表しているのだろう。

 

とすると、The Rotter's Clubは自分達バンドのことを自虐的にろくでなし同好会と言っているのかな、と。

何とも、ひねたセンスが英国らしい。

 

 

3. デッドワックスについて

 

この記事を書くに当たって、手元のレコード盤のデッドワックス(Dead Wax、※)を改めて確認してみた。

※ レコード内周の無音部分のことで、ランアウト(Runout)とも言う

 

Side One

マトリックス・ナンバー:V 2030 A-1U

マザー・ナンバー:1

スタンパー・コード:G

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Side Two

マトリックス・ナンバー:V 2030 B-1U

マザー・ナンバー:1

スタンパー・コード:O

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英数字の並び方や位置がビートルズのUK盤と似ているなと思い、調べてみたところ、このアルバムはVirgin(ヴァージンレコード)よりリリースされているのだが、当時Virginのレコード盤はEMIが製造していたらしい。

 

ん?? そうすると、この盤はかなりの優れものではないか!?

 

何がそんなに優れものなのか?

レコード盤がどのように製造されるのかを知ると、その意味が判る。

 

⓪マスターテープ 

①ラッカー盤(凹)   (a)マトリックス・ナンバー

②メタルマスター(凸)  

③メタルマザー(凹)  (b)マザー・ナンバー

④スタンパー(凸)   (c)スタンパー・コード

⑤レコード盤(凹)

  ①②③④は金型の名称

  凸と凹は音が刻まれている箇所の形状

  (a)(b)(c)はデッドワックスに刻まれる情報

 

マスターテープに収録の音をカッティング(ダイヤモンド針などで溝を刻む)して、①ラッカー盤を作る。

 

ラッカー盤をメッキ処理して、②メタルマスターを作る(1枚)

 

メタルマスターをメッキ処理して、③メタルマザーを作る(数枚~十数枚程度)

 

メタルマザーをメッキ処理して、④スタンパーを作る(数十枚~百枚程度)

 

スタンパー塩化ビニールをプレスして、⑤レコード盤を作る(大量枚数)

 

(注)②③④の枚数は、レコード販売枚数次第なので、イメージです。

 

(a)マトリックス・ナンバーとは、レコードの作品番号と何枚目にカッティングされた①ラッカー盤なのかを記したもの。①ラッカー盤に刻まれる。

 

(b)マザー・ナンバーとは、何枚目にメッキ処理されて作られた③メタルマザーなのかを記したもの。③メタルマザーに刻まれる。

 

(c)スタンパー・コードとは、何枚目にメッキ処理されて作られた④スタンパーなのかを記したもの。④スタンパーに刻まれる。

 

で、EMIのスタンパー・コードは、1234567890の数字をGRAMOPHLTDに当てはめるという方式で、GRAMOPHONEコードと呼ばれる(※)

例えば、G=1、AP=36、OE=50、となる。

 

※ ちなみに、DeccaBUCKINGHAMコードと呼ばれる方式です。

 

ということで、デッドワックスを読み解くと、以下の通りとなる。

 

マトリックス・ナンバー両面「1U」:両面とも初回のカッティングによる盤。

 

マザー・ナンバー両面「1」:両面とも1枚目にメッキ処理されて作られたメタル・マザーによる盤。

 

スタンパー・コードA面「G」:A面は1枚目にメッキ処理されて作られたスタンパーによる盤。

 

スタンパー・コードB面「O」:B面は5枚目にメッキ処理されて作られたスタンパーによる盤。

 

つまり、この盤はオリジナル盤ファーストプレスの中でも最初期盤ということであり、A面に至っては一番最初のものということだ。

 

レコードの金型は、メッキ処理やプレスを重ねていくにつれて、溝のシャープさが少しずつ失われていくもの。

逆に言えば、最初に近いほど、溝はシャープさを保っている訳で、新鮮な音が期待できるということ。

ゆえに最初期盤は、希少というだけでなく、音の良さという面からも優れものなのだ。

 

偶々手に入れたこの盤が、こんな優れものだったとは…  只々吃驚。

 

もしも、ビートルズのオリジナル盤でこれほどのものがあったら、値段はもの凄いことになるはずです。

 

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4. 楽曲並びに音質について

 

複雑かつ緻密な構成、テクニカルな演奏で、プログレでありながらも、ポップなところもあって、全曲素晴らしい。

特に気に入っている曲は以下の通り。

 

Side One

1. Share It
前奏なしに、いきなりRichard Sinclairの甘く優しいテナーボーカルから始まる。彼の弾くベースの粒立ちと音圧も素晴らしく、趣味の良いフレーズが堪能できる。

Dave Stewartによるアナログシンセサイザーが、ボーカルの後ろでメロディをなぞるように奏でられる。中間部分にはソロもあるが、正にアナログな響きが最高だ。

 

2. Lounging There Trying

終始シングルトーンで弾かれるPhil Millerのギターが活躍するインスト。ジャズっぽいフレーズの音がシャープで際立っている。

 

5. The Yes No Interlude

Pip Pyleによる繊細ながらも力強いドラムが、プログレ・ジャズ・ロックといった感じの曲をプッシュする。そのドラムをバックに、オルガン、エレピ、アナログシンセ、ファズギター、サックスの音が乱舞する。

 

6. Fitter Stoke Has A Bath

中間部分、ファルセット歌われるスキャットの響きがアナログならではで素晴らしい。

 

Side Two

1. Underdub

ギターのカッティングをバックに、エレピとフルートがユニゾンでジャズテイストのメロディを奏でる。小品ながら趣味の良いインスト。

 

2. Mumps

20分近くに及ぶ大曲。各楽器の見せ場も多いのだが、中でもThe Very Wonderful Nothettesとクレジットされている女性3名によるコーラスの響きが特に素晴らしい。この浮遊感はレコードならではの音だ。

 

音は、さすが「1U / 1 / G」「1U / 1 / O」。

良い音のレコードは、最初の一音から「これは良い音だ!」と分かるが、この盤も同様。音が新鮮で、輪郭が明瞭だ。

 

いずれにしても、これ以上の音は求めるべくもないだろう、と思う。

 

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5. 終わりに

 

「これぞ、カンタベリー・シーン最高傑作」と言われるこのアルバム。

 

今回記事を書くに当たり、じっくりと聴いて、その素晴らしさに改めて感銘を受けた。

そして、あれこれ調べたら、最初期盤と判明したことも、思わぬ収穫だった。

 

 

 

…それにしても、今回の評議会も長いものになってしまった。

 

自分で言うのも何だが、さほどメジャーではないであろう、このアルバムを議題にして、よくもまあ、ここまで書くよな… と思う。

 

一方で、ここまであれこれと書いたところで、果たして読む人はいるのだろうか?

と言うか、読む人がいたらいたらで有り難いと思いつつも、「書く方も書く方だが、読む方も読む方だよな」と失礼ながら思ったりもする。

 

まあ、レコードに凝り出した人達は、ある一線を越えると、アナログ狂人ビニール廃人と化し、ろくでなしになるのが常(違いますか?)。

 

ということで、ここまで読んでいただいた方の大半は「The Rotter's Clubろくでなし同好会)」の会員なのでしょう。(私は会員です。)

 

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あとがき

毒を喰らわば皿まで、と言うが、こうなったらUK盤だけでなく、各国盤も探してみるか?

フランス盤、スペイン盤、ユーゴスラビア盤などがあるようだし、聴いてみたい気もするし…